成田悦子清う湖の朝

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help RSS 謝るなんてね・・

<<   作成日時 : 2009/08/24 14:31   >>

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ソンミ村虐殺事件は、ベトナム戦争中の1968年3月16日、アメリカ軍兵士が非武装のベトナム民間人を虐殺した事件。ソンミの虐殺はベトナム反戦運動のシンボルとなり、また国外でも大きな批判の声が起こってアメリカ軍が支持を失うきっかけとなった。

1970年に開かれた軍事法廷でこの虐殺に関与した兵士14人が殺人罪で起訴されたものの、1971年3月29日に下った判決ではカリーに終身刑が言い渡されただけで、残りの13人は証拠不十分で無罪となった。また、カリー自身もその後10年の懲役刑に減刑された上、1974年3月には仮釈放される。陸軍のこの不可解な処置は世界中から大きな非難を浴びた。
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虐殺計画は掃討作戦決行の前夜に決定された既定事項で、C中隊指揮官のアーネスト・メディナ大尉が主張したものであるという。
その後ソンミ村は現存せず、「ティンケ村」と名前が変わった。
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仮釈放後、カリーはマスコミの取材に応じることはなかったが、2009年8月19日、アメリカ合衆国ジョージア州コロンバスで開かれた奉仕活動団体の昼食会に出席したカリーは、事件について口を開き、謝罪した。
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元中尉の謝罪、受け入れたいとソンミ生存者・読売新聞
2009年8月24日(月)3時7分配信 読売新聞
 【バンコク=田原徳容】ベトナム戦争中の1968年に米兵が一般住民500人以上を殺害したソンミ村事件で、有罪となったウィリアム・カリー米陸軍元中尉(66)が41年ぶりに謝罪したことを受け、同村で生き残ったパン・タン・コンさん(51)が23日、本紙の電話取材に応じ、「謝罪はないと思っていた。あまりにも遅く驚いたが、犠牲者を代表して受け入れたい」と語った。
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パンさんは、10歳の時、目の前で米兵に両親と兄弟を殺害された。
アメリカの犯罪です。
個人の謝罪は必要ありません。
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富を独占したがる人がいる
富を得る為に手段を選ばない人がいる
手を汚しながら手が汚れていないと思い込む
大量殺戮愛好者が集まる
排他的国家が形成され
正義の名の下に虐殺を計画
指揮官は虐殺の指令を下す
命令に従って殺した兵士がいる
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国家は
一定の領土を失い
国家は
国民の統治機能を失い
村は風景として有る
村人はヒト科に属する哺乳類としてそこに有る
殺された村人がいる
一人二人銃は意味も無く人を傷付ける
死体を撮影した人がいる
銃を向けた兵士の写真が無い
死体を撮影した人がいる
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昨日
彼女は
首筋を伸ばしその瞳で空を見上げ
彼女の目に映ったのは彼女が見ようとした空だった
空軍による隣村の爆撃を彼女自身の心が恐怖に感じ
ささやく声は彼女の唇の形で彼女が思ったままに・・
聞こえるのは銃声であったに違いない
感じたのは明日の無い私
彼女は彼女であった
彼女が彼女の目や耳や肌で感じた死の前の一日
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私の体は有る
私はヒト科の哺乳類として電極を埋め込まれた実験動物
私はそこに転がった死体
私の夫は国家が汚した遺灰
彼はいない
彼の体は無い
私は今死体である
私はいるが私ではない
私達自民党・公明党・社民党・文部科学省・厚生労働省BMI人体実験被害者は
私を奪われる
今日体から血が流れ私が灰になったとしても
私は死ぬ瞬間まで私を奪われたままである
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私は感情を奪われた
私は私の感情があった時のことを思い出す
私の力で私を再現しているに過ぎない
私は戦わなければ私ではない
私自身と戦い国家と戦う
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私達はソンミ村のヒト科の哺乳動物にも成り得ない
謝っても許さない
私達は謝罪の言葉は言わせない
私達から言葉を奪った
言葉を奪って慰安婦同然に扱った
私達は感情を失っている
私に私の言葉は無い
今ある刑罰は適用しない
死刑じゃつまらない
加害者の処刑はじっくり行う
楽しめる限り楽しむことにする
私は彼らから何もかも奪う
一人ずつ被害者代表で私が裁く
NECBiglobeは、いつか私にしたことの是非を問われる
私のすべてを奪った会社です
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パンさんは、10歳の時、目の前で米兵に両親と兄弟を殺害された。
バンさんは10歳の時、目の前で米兵に両親と兄弟を殺害されたのを自分の目で見て、自分の心で悲しみを感じ、涙を流した。
夫が死んでも、私は涙も無く、感情も無い。

2006年鳥取県知事は誰だったでしょう?
不正に措置入院させ、私の半年を奪ったのは片山氏です。
貴方も又、私達を殺した犯人の一人です。
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復讐をすることを考えているのでもなく、私はくだらない事はしないので、考えないに決まっていますが、なぜか復讐になっていくのは、私の後ろにいる死んだ被害者と、生きて今日を奪われている被害者が、私に「助けてください」と言っているから・・・
私は自分の為に生きる必要を感じたことがありません。
私は何時もどんな目に遭っても、そのままで満ち足りていますから。
被害者救済の為に私を活かせるなら、これほどの喜びはありません。
私はその事を成し遂げるために生まれ、生きて、
ここにヒト科哺乳類としてただ有ります。
そして殺されるかも知れません。
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兵士は謝罪の必要はありませんでした。
アメリカが行った犯罪です。

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14:20 2009/08/24 月曜日

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